誰しも振り分けられる分野は違えど、人生における良い事と悪い事の総量は同じである
スポンサーリンク
Pocket

けたろー
こんにちは!けたろー(@ketaroou)です!

ポコ
ポコだっポ!「良い事」「悪い事」って、一体なんだろうっポね・・・。

 

人生の幸せって、何でしょうね?

 

あなたは普段、そんなこと考えたことありますか?

 

実はわたしはいつでも考えています。

 

はたして自分の人生は「幸せ」といえるのだろうか、と。

 

「幸せ」であるか「不幸せ」であるかという抽象的過ぎる概念をわかりやすく言い換えると「良い事」「悪い事」とでも言えるでしょうか。

 

わたしには、「幸せ」「不幸せ」ついて昔から抱き続ける自論があります。

 

それは、「人生における『良い事』と『悪い事』の総量は誰しも同じである」ということ。

 

これは例えば、AさんとBさんの「良い事・悪い事」の総量が一緒という事であるということと、いち個人の人生で起きる「良い事・悪い事」の総量が同じであるという意味です。

 

賛否両論様々あるとは思いますが、わたしは昔からそう考えています。

 

その中でそれぞれの人生に「幸せだ」「不幸せだ」と感じる人が出てくるのは、「良い事」と「悪い事」が振り分けられている分野が人それぞれ違うから。

 

数百数千数万数億という「良い事」と「悪い事」が振り分けられる分野があり、一人ひとり振り分けられる分野と、振り分けられる量が違うのです。

 

例えば、芸能人でよくあるケースとして、順風満帆な芸能生活を送っていた人が、急転直下大ピンチな状態に陥ったりすることがよくありますよね?

 

あれはわたしのこの自論の典型なんです。

 

芸能生活において得た「名声」「お金」「人気」は人生における「良い事」に該当する分野。

 

そんな人が急転直下大ピンチに陥るのは、それらと同量の「悪い事」が一気に襲い掛かり、人生の数値のバランスを取ろうとしているからだと。

 

さあ、では早速、わたしの自論を詳しくお話していきましょう。

 

最初にお断りですが、「この場合はどうなの!?」「こういう場合は当てはまらないんじゃないの!?」という具体的な意見はご勘弁願います。

 

あくまでわたし個人が勝手に考えている「抽象的な概念」であり、わたしが勝手に信じているものでありますから、どうかご理解を。

スポンサーリンク

この世は「魂の修行の場」

詳しいお話を始める前に、わたしが信じている「人生」というものについて少しお話をさせて下さい。

 

わたしは、スピリチュアルなところで言うところの「輪廻転生論」を信じています。

 

つまり、生まれ変わりという概念ですね。

 

この世は「魂の修行の場」であり、魂の世界つまり「あの世の世界」こそ本当の世界であるという考え方です。

 

わたしは各種宗教や、スピリチュアル的なものに特段詳しいわけではありませんが、唯一この「輪廻転生論」だけは信じています。

 

「この世は修行の場」だからこそ、この世に生まれてきて「人生」という修行中に起きる「良い事」と「悪い事」という概念を、全く同じ量だけ持って生まれてくると考えているんです。

 

その生まれ持った「良い事」と「悪い事」を生きているうちに少しずつ消費しながら長い人生を歩んでいくんです。

人生における「良い事」とは?

わたしは、人生における「良い事」とは、純粋に嬉しいと感じる事や楽しいと感じる事、文字通り幸せだと感じる事などのプラス要素的な部分であると考えています。

 

「人生山あり谷あり」という言葉の「山」に当たる部分のことですね。

 

これは、一般的に「楽しいとされている事」ではありません。

 

個人的な主観で嬉しかったり楽しかったり幸せだと感じることができる概念のことです。

 

わたしは、これらの「良い事」を発生させる具体的な現象が「分野」として超細かく分けられているものだと考えています。

スポンサーリンク

人生における「悪い事」とは?

人生における「悪い事」とはすなわち、「頭に来ること」「イライラすること」「不愉快に思うこと」「残念なこと」「絶望的になること」など、マイナス要素的な部分であると考えています。

 

「人生山あり谷あり」の谷に当たる部分のことです。

 

これも良い事と同様、一般的に「悪い事とされている事」ではなく、個人的な主観で悪い事だと感じる概念のことです。

 

こちらも「悪い事の分野」として、具体的な分野が星の数ほど存在しているものだと思っています。

誰しも生きているうちに起こる「良い事」と「悪い事」の総量は全く同じ。振り分けられている分野が違うだけ。

わたしはこう考えます。

誰しも、生きているうちに起こる「良い事」と「悪い事」の総量は全く同じであると。

 

生まれ持った総量はAさんもBさんも同じなのに、Aさんの方が世間的に見て幸せで、Bさんは絶望的な人生状況だとしましょう。

 

それでもわたしはAさんとBさんの人生で起こり得る「良い事」と「悪い事」は同じだと考えています。

 

なぜ個人間で幸せの感じ方に差が出てしまっているかというと、「良い事」「悪い事」が振り分けられている分野が個人個人で違うからです。

 

その分野にどれだけの量が振り分けられているのか、その組み合わせで人生における「良い事」「悪い事」が決定しているのだと思っています。

 

また、例えばAさんは超お金持ちだとしましょう。これは、Aさんの「お金持ち」という分野に「良い事ポイント」が多数振り分けられているためです。

 

逆にBさんは貧乏です。これはBさんの「お金持ち」という分野に「悪い事ポイント」が多数振り分けられているためです。

 

このように、人によって各ポイントが振り分けられる分野が違うため、「良い事」と「悪い事」が逆転しているということもよくあるのです。

 

 

さらにわたしは一個人が持つ「良い事」と「悪い事」の総量も同じだと考えています。

 

例を挙げるなら、自分で「平凡な人生だな」と感じている人は、良い事と悪い事をちょうどよい具合に消費しているのです。

 

「人生山あり谷あり」の山と谷のバランスがいいということができますね。

 

逆に、最初の方に書きましたが、超有名な芸能人が、絶頂期から一気に大ピンチに陥ったり、名声を失ったりするのは、一気に「良い事」が起きたため、それ相応の悪い事が襲ってきたと言えるでしょう。その逆で、苦労しかしなかった人が突然幸せになった場合などもこれしかりです。

 

「良い事」は自分の悪い心によって無駄に消費される危険性がある

わたしは一つ気を付けていることがあります。

 

先ほど、人生における「良い事」とは「自分が楽しいと感じたこと」も含まれる旨お話しました。

 

例えば人の悪口をよく言う人がいるとしましょう。

 

その人は人の悪口を言う事に快感を覚え、楽しさすら感じていると仮定しましょう。

 

すると、この「人の悪口を言う行為」が「楽しい事」と判断され、「良い事ポイント」を消費してしまうのです。

 

大事な「良い事ポイント」が「人の悪口を言う」という行為で消費されてしまうのです。

 

「人の悪口を言う」という行為は、人に悪影響を及ぼす行為であることは言うまでもありませんよね。

 

あなたの周りにいる「人の悪口を楽しんで言う人」とか「人に嫌がらせをすることを生きがいにしているような人」をよ~~~く注視してみましょう。

 

他の人に比べて幸せに見えますか?

 

・・・見えませんよね?

 

これは、その人が「良い事ポイント」を無駄遣いしているからなのです。

 

本来、きちんとした人生の幸せに結びつくはずであったのに、「良い事ポイント」を無駄遣いをしてしまった結果、その人の人生で本来起こるべきであった幸せなことが発生しなかったということですね。

 

もちろん、「良い事」と同じだけの「悪い事」が発生しますから、傍から見ると「この人には悪い事しか起きていない」という状態に陥るわけです。

「良い事」「悪い事」に才能や努力などの要素が組み合わさって人生が出来上がる

人生を決定づけるのは「良い事」や「悪い事」だけではありません。

 

その他に生まれ持った才能や、個人の自発的な努力などによって、具体的な人生の道筋が出来上がり、その具体的な道筋に合うような「良い事」「悪い事」が発生すると考えています。

 

おわりに

 

「人生良いことないなぁ・・・」

 

「こんな大病しちゃって自分は不幸だ」

 

「貧乏過ぎてこんな人生嫌だ」

 

なんて思っている方が、この日本にはたくさんいると思います。

 

でもよく考えてみてください。

 

本当にそうですか?

 

嫌なことしかなかった人生ですか?

 

もし嫌なことしかなかった人生だと断言できるのならば、そんなあなたには、これからかなりの「良い事」つまり幸せなことがやってくることでしょう。

 

その逆に、これまでの人生で良い事しかなかったという人は、これから一気に奈落の底に突き落とされるような出来事が待っているかもしれません。十分用心しましょう。

 

これがわたしが普段から信じている「幸せ」「不幸せ」に関する人生論の一つです。

 

あなたの人生論と合致する部分はあったでしょうか?

 

人生って、本当に訳が分かりませんよね。

スポンサーリンク
おすすめの記事