
これは、わたしが専門学生だった、十数年前の冬の話です。
わたしは当時、関西地方にある専門学校に通っていました。
その日は、以前から専門学校の友人(A)の家に泊まりに行くという約束をしていたことから、学校から一緒に電車に乗り、Aの家に行ったのです。
Aの家は4階建て。山形出身で、平屋と二階建て住宅しか見たことのなかったわたしから見れば、4階建て住宅はとても新鮮な外観のお家に見えました。
4階建てとはいっても、土地の面積があまり広くないので、階数を増やすことで部屋数を確保しているというような作り。
わたしはAに2階のリビングに通され、出された飲み物を飲んでいました。
この記事はこんなお話
「あ、うん、そうか」
飲み物を飲み終わるころ「ただいま~」の声。
帰ってきたのはAの弟です。まだ中学2年生だという。中学生にしては巨体である。
わたしは自己紹介を済ませる。
Aの弟はBと言う名前らしい。兄弟なのに全く似ていない。こういう兄弟もいるんだろう。
まるで芸人の「中川家」のように、兄貴が小さく、弟が凄くでかい。
もう時間は夜6時を過ぎていた。どうやらAの両親は仕事の関係で毎日帰ってくるのが遅いという。
わたしとAは、晩御飯が何もなかったことから、近所のスーパーに買い出しに行こうとする。
「ちょっと待ってぇ」とBがAを引き留める。
「今日だと思うんよ」とB。
「あ、うん、そうか。」と答えるA。
「一人でいるのはイヤやから、俺も一緒に行ってもええ?」とB。許可するA。
何かあったのかと聞いても、「いや、何でもない」「大丈夫」としか答えないA。
まあ、さほど大した要件ではないのだろう。Aの顔にも変わった様子は見受けられない。
近所のスーパーで買い物を済ませ、出来合いの物の夕飯を食べる。
スーパーの食べ物って、地方によって売ってるものがまるで違う。食後は互いの身の上話などを一通りして盛り上がった後、風呂に入って就寝。
わたしが通されたのはAの部屋。Aが床で寝て、わたしがベッドで寝るという構図。
ベッドを借りるのは申し訳なかったのだが、お客様だから、と、押し通された。
「来よったね」「うん、来た」
その夜は特別何事もなく、借りたベッドでぐっすり熟睡できた。
が、不可解なことはその翌朝の朝食の時に起きた。
Aの両親は既に出社していたのだろうか、朝も見かけることはなかったが、テーブルの上にはありがたいことにわたしの分も朝食が用意されていた。
朝食を食べていた時のことである。
ふとBが口を開く。
「来よったね、おっちゃん」
「うん、来た」
と答えるA。
何を言っているのかわからなかったので、何があったのか聞く。
すると、衝撃の言葉がAから返ってきた。
「実は俺たちのおっちゃんなあ、末期がんで危篤状態が続いてるんやわ」
「で、信じられへんかもしれんけど、俺たち霊感あるんよ。特にこいつ。(Bを指す)親族の霊ならよう見えるらしいわ。俺は見えるっていうより感じる程度。あ、来たな、って。今日も夜寝よったら、あ、来たな、って感じたんや。」
何を言っているのかわからなかった。
Bも続けて口を開く。
「多分おっちゃん、そろそろやと思うんよ。まだ多分生きとる。昨日の夜、俺たちんとこに来たのは、多分、俺たちの顔が見たかったからやと思うわ。」
「最期の挨拶やったんかな」とA
全く何を言っているのかわからない。
ただただ、不気味であった。
その日、学校へはAの家から通学。当然Aも一緒である。
その日の授業中、ふとAがいないことに気づいた。教室の席はあらかじめ決められていて、1クラス80人くらいもいるのだから、いなくなっても気づかない。後程「さっきの件で帰るね」というメールが入っていたのに気づいた。
翌日、Aに電話をしてみた。確認したところ、案の定だった。
「あの件よ。おっちゃん、昨日の昼前に・・・。」
Aは、両親からその連絡を受け、病院に行っていたという。お葬式の準備やらがあるから、学校は少し休むという。
昨日の朝、起きた時に既にAの両親がいなかったのは病院に詰めていたからだという。納得した。
入れない
3日後、Aが登校してきた。悪いと思いながらも話を聞いてみる。
「おっちゃんの葬式は無事終わったわ。ただ、結局Bは葬式の会場に入れなかったんや」
締め出しでも食らったわけではあるまいと思い、理由を尋ねた。
「前にも言った通り、アイツ見えるんよ。親族の霊ならはっきりとな。で、アイツ曰く、葬式の時って、それまでの親族、要は先祖やな、この先祖がみんな来るらしいんよ。集まってくるらしいわ。だからアイツ、先祖の念が強すぎて会場に入れなかったって言ってたわ。」
好きなこと
後日、またAの家に遊びに行ったとき、Bに会うことができた。
わたしには霊感が無くて、実際に霊など目撃したことが無いので、半分興味本位で色々聞いてみた。
Bが言うことを要約するとこうだ。
葬式の時、葬儀会場にはAとBの親族の霊が押し寄せていた。
あまりにも先祖の霊が発する念が強くて、怖くて会場に入れなかった。
外から見る限り、心霊になったおっちゃんは酒瓶を手に持ち、酒を飲んでいたように見えた。
人はあの世に行くと、好きなことが何でもできるという。
念じるだけでその念じた物が出てくるという。
AとBのおっちゃんは、葬式の後もお酒を持った姿でBの前によく現れるという。
姿は見えるが、何のために現れているのか、何を伝えようとしているのかはわからないという。
背筋が寒くなった。
信じようにも、私は霊を見たことが無い。
ただ一つ言えることは、わたしが知らないというだけで、見えないところでそういう事が起こっているのかもしれないということだけだ。