
この記事はこんなお話
「黒いの」
それは2年前の6月半ばのことでした。
わたしはその時、職場の長期間にわたる研修に参加中で、東京の会社の宿舎に単身で宿泊していたのです。
奥さんと子供は山形県の実家に帰していました。
思い返すと、研修を受ける数か月前から既におかしなことが起こっていたような気がします。
その年の3月下旬、奥さんのおじいちゃんが不治の病に侵され、病床に伏せてしまったとの連絡を受け、私たち家族は、一路関東から山形へ車を走らせました。
おじいちゃんが入院している病院は、山形から山をいくつか隔てたところにあり、私はトンネルが連なる峠道を走っていました。
いくつかトンネルを過ぎ、食事を取るため近くの道の駅に車を止めたとき、奥さんが青ざめた顔で私に言うのです。
「黒いのがいた」
わたしは何も気づいていませんでしたので、見間違いじゃなのかと返しました。
「トンネルの中でこの車の前を凄い速さで横切った」
「ヒトのカタチをした、黒いの」
何のことか全くわかりませんでした。車は普通に走っていただけです。
わたしには何も見えていませんでした。
おじいちゃんの病院でお見舞いをし、その後は何事もなかったかのように日常が過ぎていきました。
「じいじと外人さん」
わたしは研修中、必死で勉強に励んでいました。
そんな研修中の金曜日、突然奥さんから電話がありました。
「おじいちゃんが・・・」
予想してたとおりの内容でした。
二日後の日曜日にお葬式が執り行われると言います。わたしはその次の日が最後の効果測定の日。
奥さんの両親にわたしが参加できない旨を話し、代わりに奥さんと子供にお葬式の参加を依頼しました。
ここから次々とおかしなことが起き始めたのです。
お葬式前日、奥さんは子供と奥さんの両親とともにおじいちゃんの家に行きました。
このとき長男は3歳。お葬式に出席してもじっとしていられるわけがありません。
結局、子供は奥さんと一緒におじいちゃんの家へ。
お葬式当日、奥さんから電話が来ました。
電話の内容は、
「子供が玄関先の一点を見つめて動かない」
「子供がおじいちゃんの家の中で突然ギャン泣きをはじめて暴れまわり、一向に泣き止む気配が無い」
「『おばけこわい』『おばけこわい』と泣きながら連呼している」
「子供が家の中の窓を指さし『じいじ』『じいじ』と言っている。」
「玄関も指さし、『外人さんがいる』『外人さんがいる』と言っている」
「まるで、見えないはずの何かが見えているようだ」
と言うのです。
私の奥さんはそんなおかしなことを言ってくる人ではありません。
わたしは全く信じられませんでした。生まれてこの方、霊の類の存在を目にしたことはなく、全く信じていなかったからです。
手を合わせること
あまりにも奥さんが動揺して話すものですから、私もどうしたらいいか考えます。
私の学校時代の後輩にお寺の住職がおり、偶然にもおじいちゃんの宗派と同じ曹洞宗。
数年ぶりに連絡を取り、事情を説明しました。
後輩の返答はこうでした。
「子供さんがじいじと言っているのは、おじいちゃんで間違いない。おじいちゃんがひ孫の顔を見に来ている」
「小さい子供は、大人が見えないものが見えるケースが多々ある」
「問題は、子供さんが『外人さん』と言っている存在。おじいちゃんが見えるようになったことで一緒に見えてしまっている可能性があり、危険を感じる」
という。
おいおいおい、待ってよ、そんな見えないものへの対処法なんか、わたしにはわかりません。
後輩に貰ったアドバイスは、
「おじいちゃんに対しては、手を合わせてあげる。それで供養になる。離れた場所にいれば、おじいちゃんの住んでいた方角に顔を向け、おじいちゃんを想いながら手を合わせる。そうすれば、おじいちゃんは『外人さん』から子供を守ってくれるようになると思う」
「『外人さん』に対しては、今現時点ではどうすることもできない。今後、身の回りで不可解な現象が起き始めたら、その時はすぐにお祓いに来てください」
という。
そのアドバイスの内容を、奥さんに電話で伝え、実行してもらいました。
お葬式の後、泣きわめいていた子供は打って変っておとなしくなり、変なことを口にすることも、一点を見つめることもしなくなったと連絡がありました。
そして、3か月にわたる「黒いの」「じいじ」「外人さん」の騒動は幕を下ろしたのです。
この前、長男にその時の話を聞いてみました。すると、けろっとした顔で「知らないよ」「覚えてないよ」と言っていました。
今となって考えると、これが幽霊だったのかなんだったのかはわたしにはわかりません。ただ、わたしが「霊」と思われる存在に対して具体的に動いた初めての経験となりました。
奥さんが見た「黒いの」、子供が見た「じいじ」「外人さん」は、きっとあの日あの時あの場所に、たぶん存在していたのでしょう。