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【2019.4.16記す】

山形県民以外の皆様に「ミッチーチェン」や「MC GATAどBANKING」(えむしーがだ ど ばんきんぐ)と言ってピンとくる人が果たしてどれだけいるだろうか。

 

事実、これまで山形を離れて数年間山形県外に住んでいたわたしは、時折実家に帰ってくることはあれど「ミッチーチェン」や「MC GATAどBANKING」という名前・・・いや、そのような「単語」は全く知るところではなかった。

 

2018年、故郷山形県にUターン帰省し生まれ故郷に戻ってきたわたくしけたろーは、ふとテレビを見た際、テレビCMに出演していた「ある一人の人物」を見て驚愕することとなった。

 

それは、山形県内で数店舗を展開するディスカウントストア「野川食肉 週末びっくり市」のCMの一場面のことである。

 

おかっぱ頭に無精ひげを生やし、白いタキシードを着たいい年こいたオッサンが、店内に押しかけ「俺も肉食いてぇ」とドアップで詰め寄ってくるCMである。

 

↓このCMではないが、同じ「野川食肉 週末びっくり市」のCMであるので、参考にしてほしい。

 

 

県外に数年間離れていた期間はあれど、生まれてから26年間にわたり山形県に住んでいたわたしの目には、その光景が非常に斬新かつ強烈に焼き付いた。

 

「テレビCMに出ているくらいであるから、きっと俺が山形県を離れている間に出てきた芸能人なんだろう」と察することができたものの、その人物が果たして誰なのか追及することなく、わたしの記憶からしばしの間消えることとなった。

 

その数か月後、わたしは当ブログ【けたろーランド】を立ち上げ、同時に集客目的でTwitterを開始する。

 

今でこそ「言いたいことを言いたい言葉で言いたいように言う」ということをモットーとし、他人の批判も恐れず【自称「天才過ぎるアホプロブロガー」】などと名乗り、仕事を抱えた兼業ブロガーとして日々活動しているわけであるが、当初名乗っていた肩書きは【勝手に山形県応援団団長】であった。

 

当時、当ブログのメインカテゴリーとして設置していたのは山形県各地の観光地・飲食店・イベント等に実際に赴き、写真を撮り、それを一つの記事として仕立ててブログ記事として投稿する、ということをしていた。

 

そんな最中に赴いた山形県尾花沢市にある道の駅「道の駅尾花沢」でのことである。

 

土産物コーナーにおいてこのようなTシャツを発見する。

誰から言われたかは覚えていないが「最近、山形県内で面白いTシャツが流行っている」という噂を耳にしたことがあった。

 

そのTシャツには、たった一言「どだなだず」と書いてあるという。

 

この画像のTシャツを見た時、それを瞬時にして思い出すこととなった。

 

「どだなだず。Tシャツ」。正式名称は定かではないが、わたしはこのTシャツを勝手に「どだなだず。Tシャツ」と命名した。

 

「どだなだず」つまり、山形弁版「どないやねん」である。

 

非常に興味深いTシャツであり、このようなネタ要素が強い商品に心惹かれがちなわたしの性格上、どうしても欲しかったのだが予算が足りず、購入を断念することとなる。

 

「こんなTシャツ、一体誰が作ったのだろう」

 

わたしはそのような疑問を抱きつつ、この日は道の駅尾花沢を後にしたのである。

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その後わたしは順調に山形県内を回り、数々の山形ネタをブログ記事として投稿し、それと同時に記事をTwitterにアップし、Twitter経由でのアクセス確保に動き出した。

 

Twitter上での肩書きも、当時はもちろん「勝手に山形県応援団団長」であった。

 

「山形県応援団」という言葉を肩書にした途端、山形県関連の企業、団体、個人からフォローが集まるようになった。

 

そんな時わたしは、一人の山形県民と知り合う事となる。

 

その人こそ、「ミッチーチェン」・・・

 

ではない。

 

現在、当ブログのスポンサーである【51BOX】(ごーいちぼっくす)氏である。

 

デジタル絵師として活動している51BOX氏とは、不思議なほど意気投合することとなり、わたしは彼のツイートを見逃さないようになっていった。

 

彼のツイートを気を付けながら見ていたある日、彼が放ったリツイートが目に止まった。

 

そう、そのリツイートされた人こそが「ミッチーチェン」氏である。

 

そのツイートの中で、ミッチーチェン氏は例の「どだなだず。Tシャツ」について言及していた。

 

内容から察するに、どうやら「どだなだず。Tシャツ」を販売している張本人こそ、ミッチーチェン氏であり、ミッチーチェン氏の関連商品が売っている専門店があるということも読み取ることができた。

 

ミッチーチェン氏のツイートを遡ると、やはり彼は山形県を代表するローカリストであり、わたしの予想通り芸能活動を行っていることが分かった。それと同時に、わたしが彼や最近の山形県事情について何も知らないだけであることも、痛いほどわかった。

 

わたしは彼のツイートに対し、ダメ元でリプライを送ってみることにした。

 

すると、なんということであろう。

 

比較的早い段階で彼から返信があったのである。

 

この時、非常に興奮したのを覚えている。まさか返信が来るとは思っていなかったからだ。

 

「アホなタレント性と相反して、非常に律儀でまじめな人だ」というのが彼と接した第一印象である。

 

更に後日、51BOX氏は、「これ面白い。聞いてみてほしい」という内容で、ミッチーチェン氏の動画をツイートしていた。

 

わたしはその時、ミッチーチェン氏はアホなお笑い芸人的な立ち位置であると思い込んでいたため、動画を見て驚いた。

 

何故かラップを歌っていたのである。

 

そのラップ曲こそ、彼の代表曲の一つである【MCGATA feat.ミッチーチェン『帰郷~これが俺の生きGATA~』】である。

 

さらにもう一曲、2ndシングル「アガスケのススメ」という曲も発表していることを知った。

 

調べてみると、この曲から【MC GATA ど BANKING】というグループ名で活動を始めたということがわかった。

 

そして、ミッチーチェンとMC GATAが別人設定であるということも。そこには深く突っ込まないようにしておくことにする。

 

この動画を自宅で流してみたところ、この動画にわたしの二人の息子が思いっきり食いついたのである。

 

一日に何度となく再生させられる日がひと月ほど続いた。

 

当時5歳の長男は、両方の曲をソラで歌いきるほどになっていたのである。

 

そんな折、ミッチーチェン氏が山形県内でライブを行うということが分かった。

 

偶然にもその日はわたしの仕事も休みであったため、家族を連れてミッチーチェン氏の出演するイベントに行ってみることにしたのである。

 

それが、平成31年2月24日、山形県尾花沢市で開催された「第44回尾花沢雪まつり」である。

ここで、生まれて初めて「生ミッチーチェン」を目撃することになったのである。

 

目の前で繰り広げられる「生ミッチーチェン」のトーク、モノマネ。

 

引き続き行われた「MC GATAどBANKING」のライブ。

 

圧巻であった。

 

パフォーマンスは即席で造られたトラックの荷台舞台で行われた。

 

たかが「トラックの荷台舞台」でも圧巻であった。

 

冗談抜きで、さすがYouTubeにプロモーションビデオをアップしているだけのことはある。

 

しかも、写真撮影・動画撮影OK、本人の口から「どんどんSNSで生配信してください」という言葉が出るほどの大盤振る舞い。

 

サービス精神も、宣伝手法も非常に大胆である。

 

さらに、各々のメンバーのキャラも非常に際立っている。

 

メインのミッチーチェン氏はもちろん、わたしの妻が「かなりカッコイイ」と絶賛するミッチーチェン氏の義弟「BANKING」氏。

 

アメリカのダンス大会で優勝経験を持つというダンサーのSHIMA2(しまにい)氏。

 

白人風の様相を呈し、謎の雰囲気が漂うDJ GODZILLA(でぃーじぇーごじら)氏。

 

いずれも本業を抱えての芸能活動と言う事であるが、いずれも非常に高レベルなパフォーマンスを魅せてくれた。

 

この日、わたしたち家族は、ミッチーチェン氏からサインをいただこうとたくらんでいた。

 

子供にとって、自分が好きになった芸能人を目の当たりにできる数少ない機会であるからだ。

 

あらかじめサイン色紙とマジックペンを用意し、パフォーマンス終了後、我々家族はミッチーチェン氏を訪れた。

 

この時、我々家族はミッチーチェン氏はもちろん、メンバー全員のその暖かな人間性を垣間見ることになった。

 

家族全員で「サインください」とお願いしたときのことである。

 

「んだらよぉ、(控室の)中さいだ3人がらも書いでもらってけろ~」(そうしたら、控室の中にいる3人からも書いてもらって)

 

と、自分のサインをサラサラッと色紙に小さめに書くと、近くにいたスタッフに色紙を渡し、控室の中にいる他の3人のメンバーにもサインを書いてもらうように促して下さったのである。

そして、他のメンバー3人がサインを書いてくれている間、写真撮影にも快く応じてくれたのだ。

帰り際、それぞれのメンバーが握手で我々を見送って下さり、この日、我々家族は非常にいい思い出とお土産を手にし、帰路につくことができたのである。

 

 

後日、家族ぐるみで「ミッチーチェン・MC GATAどBANKING」の大ファンになった我が家族は、「そういえば、ミッチーさんのお店って同じ市内だったよね?」「どこにあるか知らないけど、調べてちょっと行ってみない?」ということになった。

 

ここでわたしは、衝撃を受けることになる。

 

わたしが現在住んでいる市は、将棋の駒で有名な山形県天童市である。

 

わたしが10歳の時まで住んでいた場所に、Uターン帰省にて出戻ってきたのである。

 

詳しい住所など言われても未だ地名がピンと来ていない所があるため、これまでミッチーチェン氏の店がどこにあるのか、同じ市内だとは知っていたが遠いのか近いのかすらわからなかった。

 

実際にミッチーチェン氏の店に行ってみて驚愕した。

 

わたしの自宅から数キロと離れていなかったのである。

 

つまり、ご近所さんだったのだ。

 

世間は広いようで狭い、そう思わざるを得ない出来事であった。

 

「陶美苑」(とうびえん)という陶芸店がミッチーチェン氏のお店であった。

 

お店は2ブースに分かれており、片方が元来の陶美苑の商品が陳列されており、もう片方に「ミッチーチェン・MCGATAどBANKING」の関連グッズが所狭しと並べられてあった。

 

その中にあったのである。

 

そう、あの「どだなだず。Tシャツ」が。

 

「どだなだず。Tシャツ」だけではない。「どだなだず。タオル」や「どだなだず。トレーナー」「どだなだず。こだなだず。Tシャツ」など、山形の方言を取り入れた面白グッズが目白押しだったのである。

 

もちろんそれだけではない。キャップやマグカップ、CDなども多数販売されていた。

 

この日は、子供の希望で「MC GATAどBANKING」第二弾シングル「アガスケのススメ」を購入した。

その帰り際、なんとミッチーチェン氏が現れたのである。

 

正直ビビった。

 

不思議なオーラと圧力を感じた。

 

わたしが彼を芸能人として見ているからではない。

 

その雰囲気が既に芸能人そのものだったからだ。

 

困惑しつつも先日の尾花沢雪まつりのお礼を申し述べる。

 

「今日はたまたま予定が入ってなくて」とミッチーチェン氏。

 

非常に温和である。笑顔が柔らかい。

 

わたしは彼を、彼はもちろん「MC GATAどBANKING」のメンバーを心の底から応援することに決めた。

 

彼らは「自分そのもの」を武器にして世の中に打って出ようとしている。

 

わたしも、使う媒体は違えど当ブログを通じて世の中に情報発信をしている。

 

つまり、やっている根本は一緒なのである。

 

わたしは、当ブログを通して彼らを全力で応援することに決めた。

 

同じ山形県民として、ご近所さんとして、そして同志として。

 

誠に勝手ではあるが、今後当ブログでは彼らの活動を影ながら応援し、時にはこのようにブログ記事にして全国に向け情報発信をし、関連商品を紹介し、「ミッチーチェン・MC GATAどBANKING」の益々の発展に協力することをここに誓う。

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