そんなに辛くて苦しいのに「我慢」し続けるって、必要ですか?

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こんにちは、けたろー(@ketaroou)です!

今回は、日本人の精神の根底を支えている「我慢強さ」について、モノ申したいと思います。

今の日本では、イヤなことが起きた時やイヤな事態に直面した時、無理をしてでも逃げずにその場に踏みとどまる「我慢強い人」「我慢強い精神」が美徳とされていますよね?

「我慢強い人」だったり、「我慢強い精神」というのは、本当にそんなに素晴らしいものなのでしょうか。

我慢することにより増えるストレス、崩壊していく自分。

労働環境が過酷で、精神疾患発症率がどんどん上昇している今の日本で、その「我慢」が美徳とされるようになった原因はどこにあるのか、今後も我慢し続けることが正しいのか、けたろー流に考えていきます。

この記事に書くことは、あくまでわたしの主観であり、我慢し続けて悩んでいる人向けの記事です。

独自の目線で語らせていただきます。

日本人が「我慢」を美徳とする理由は?

わたしは、今生きている日本人が「我慢」を美徳とするようになった最大の理由の一つが「太平洋戦争(第二次世界大戦)」での敗戦経験や、日本でよく発生する災害によるものが原因ではないのかと思っています。

もちろん、これまでの日本の歴史そのものも関係しているのでしょう。

ですが、自分の感じ方や考え方は小さい時に形成され、体験を通して強まっていきますよね。

そしてその感じ方の根底を作るのは、基本的に自分が関わりを持った人からか、または当時のメディアからじゃないでしょうか。

そう考えると、そう遠くはない昔の戦争の悲惨な体験が、子や孫、ひ孫世代の我々に脈々と受け継がれていると考えても、それは至って普通のことであり、疑いようのない事実です。

戦時中、各地に降り注いだ爆撃の雨、行きたくないのに行かざるを得なかった兵隊さん、帰ってこなかった家族親戚。

食べ物が慢性的に不足し、空腹に耐えきれなくなると雑草を食べ、昆虫を食べ、水でお腹を膨らませていたと言います。

そしてアメリカ兵に捕まるくらいなら自害しろ、という国の思想教育。

戦死した約310万人もの日本人。

あまりにも生活すべてを破壊され、戦後73年経つ現在でも、その悲惨な体験が戦争体験者を通じてその子、孫、ひ孫に語り継がれています。

わたしの祖父も元兵隊です。何とか無事に生きて帰ってきてくれたので私がいます。

昔から、戦争の話になるたび口にするのは「戦時中は何もなかった」「我慢の連続だった」ということ。

わたしは以前、戦争体験者とたくさんお話をする機会があり、その方々も皆こんな風に言っていました。

「戦時中ほど苦しいものはなかった。それと比べると今なんて平和で天国じゃないか」

「我々は我慢するしかなかった。ただ必死に我慢するしかなかった」

今の日本の「我慢」を美徳とする文化を成したのがこの戦争体験者が直接の原因と言っているのではありません。

その方々から伝えられた体験を、個人なり、メディアなりが感動よろしく編集し、お涙ちょうだい的に国民に広める。

すると、「昔はもっと大変な状況だったんだから、お前のそんな問題なんて我慢しろよ」となるのはもはや必然です。

災害にしても全く同様です。

何でもかんでも無くなった、だから何でもかんでも我慢せざるを得なかった。

だから、過剰にモノやサービスがあふれた現代で、何でもかんでも我慢させたがる。我慢したがる。極限まで我慢する。それが素晴らしいこと。

なんで?

だってお前は日本人だから。

皆さん「シン・ゴジラ」って映画、ご存知の方は多いと思います。

最後のシーン、破壊された東京を見て赤坂首相補佐官が、こんな迷言を吐きます。

「スクラップアンドビルドでこの国はのし上がってきた。今度も立ち直れる」

この映画、わたしも録画して何度も見てましたけど、鳥肌もんでした。映像美がすばらしい。

このセリフ、何からのし上がったのか考えると、敗戦の悲惨な状況から世界屈指の経済大国にのし上がったという風にとらえるのが自然ですね。だから同じように、破壊された東京も立て直せると。

経済大国にのし上がった背景には、先人たちのものすごい努力と我慢があり、その子や孫である我々がその思考を受け継いでいると考えるのは妥当なことです。

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「我慢」より「忍耐」

わたし思うんです。

結局辛い環境に身を置かざるを得ないならば、イヤなことを続けて先が見えずにずっと我慢している環境に身を置くのではなく、好きなことをしてたまに襲ってくる停滞期を耐え忍ぶ環境に身を置いた方がいい、と。

過去に自分が我慢していた経験を考えてみると、我慢している時って、自分の心が変な形で緊張して、石みたいにガチガチに凝り固まっているんですよね。

我慢すればするほどいびつに固くなっていく。

そして我慢の限界を超えると、ちょっとした衝撃で一気にバラバラになります。

もう、元に戻れません。

例えるならばダイヤモンド。襲ってくる軽いストレスと言う引っかき攻撃には耐えきれますが、上から潰される重いストレス攻撃には極めて弱いです。一瞬で粉々になります。

先の見えない不安や、やりたくもないことをやらせられる環境に身を置き、我慢し続けた結果がこれです。

自分の心をそんな環境下に置くのならば、好きなことしませんか?

好きなことをしていても、うまくいかない時だってありますよ。そんなときは、その時期を耐え忍ぶんです。その時期さえ脱出すれば、実現したいことに近づくことができますから。

耐え忍んでいる間は、自分の心は固くなりません。例えるならばグミのように、プルプル揺れながら衝撃を逃がすことができます。好きなことをしているので心に余裕があるってことです。

「我慢」とは「美徳」という衣装をまとったバケモノです

「我慢をすること」は、自分の精神衛生上、非常によろしくないということはお話したとおりです。

我々が知っておかなければならないことは、残念ながら「我慢すること」は現代社会において未だ「美徳」であるという事実。「我慢することを」必然としているという事実。

そしてこの「我慢すること」は、「美徳」という衣装をまとっているため、一見すると周囲から美しく見えます。

ですが、その本性はあなたを精神的に追い込み、崩壊させる力を持つ「バケモノ」だということです。

今の多くの日本企業が、このバケモノの力を借り、つまり「我慢することは素晴らしいこと」という概念の元、皆さんに無理難題を日常的に押し付けているのです。

皆さんは、忙しすぎてそのことを理解する暇もないんです。

そうさせているのは誰ですか?

皆さんが我慢して、無理をして、必死に勤めているその会社です。

あなたの人生は一度きりですよ。そんな自分が限界まで我慢しないといけない会社、あなたにとって本当に必要ですか?

あなたの魅力は、その仕事だけで生かされるものではないはずです。

もし、あなたが我慢しすぎて精神的におかしくなりそうならば、今すぐ逃げちゃいましょうよ?

詳しい逃げ方はこの記事【早く逃げろ!「ニセ人生の転機」というバケモノがやって来る前に】に書いてありますので参考にしてください。

どうか、労働者に優しく、ストレスなく、我慢なく暮らせる日本が来ることを祈るばかりです。

以上です!

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