「朝礼」という非生産的な無駄な儀式、止めませんか?
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けたろー
こんにちは、けたろー(@ketaroou)です!

 

今回は、どこの企業でも行われているにもかかわらず、その必要性に大きな疑問を抱かざるを得ない「朝礼」という儀式についてのお話を致します。

 

企業や部署ごとにそれぞれの朝礼の形があるとは思いますが、果たしてあなたは朝礼という行為の必要性をどれだけ感じているでしょうか?

 

わたしも会社員ですので、日々当たり前のように朝礼が行われています。わたしの会社の朝礼では、従業員約40名ほどが集まり、各部門の先日の売上報告や本日の目標などの報告、会社の定める企業理念や行動指針の唱和、さらには挨拶の練習などをほぼ強制的に実施させられます。

 

もちろん、お偉の長い話も毎日聞かされます。

 

でも、この「朝礼」と言う行為、本当に必要なのでしょうか?

 

わたしは、この「朝礼」と言う行為は完全に無駄だと思っています。当記事では、その理由を述べてまいります。

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朝礼は、従業員の労働時間を広く薄く無駄遣いする行為である

まず、朝礼という儀式について使用者側に深く考えていただきたいことは、朝礼を行うということは、従業員の労働時間を広く薄く無駄遣いする行為であるということ。

 

わたしの会社を例にして申し上げますが、わたしの会社の朝礼はその日出勤している全従業員が参加する「全員参加型」の朝礼です。

 

約40名の従業員が毎日一堂に会し行われます。朝礼の時間はおよそ15分間です。

 

単純に計算して、40人×15分=600分もの時間をこの「朝礼」という儀式に毎日毎日使っているということになります。

 

従業員一人当たりの一日の労働時間が480分ですから、ざっと従業員一人分以上の労働時間をこの朝礼に使ってしまっているんです。

 

ハッキリ言って、時間の無駄ですよね。

 

600分も時間があれば、業務的にかなりのことがこなせます。この時間を朝礼に充てたところで、何を得ることができるでしょう?

 

形骸化した結果報告など誰も聞いていない

朝礼で行われる行為の代表格であるのが、各部門の結果報告ではないでしょうか?

 

昨日の売り上げはどうだったこうだった、目標に対してどうだったこうだった、そんな話をしたところで誰がその数値を意識するでしょうか?

 

わたしの会社の朝礼の場合、全く別分野の従業員が一堂に会し、その全く別分野の結果報告を聞く羽目になるのですからたまったもんではありません。

 

別部門の数字を聞いたところで、業務的にその数字を意識する必要すらありませんから、マジで何の役にも立ちません。「純粋な無駄とはこういうことを言うのだな」と感じざるを得ません。

 

決められた朝礼の流れに沿って、形骸化した報告を続けて時間を浪費する行為、それを無駄と言わずして何を無駄と言うのでしょうか?

 

そんな誰も聞いていない形骸化した報告など、さっさと止めてしまうべきです。

 

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朝礼を従業員の教育の場として使っていないか?

わたしはこれまで大小さまざまな企業・組織で勤務をして参りましたが、往々にして朝礼を従業員の教育の場として間違って使っているケースが見受けられました。

 

前述したとおり、朝礼とは従業員の時間を一律に広く薄く奪い取る行為に当たります。そこに社員教育的な要素を加えてしまうと尚更朝礼が長引き、一向に終わらない事態になります。

 

社員教育が必要であれば、社員教育に充てる時間をしっかりと確保した上で行うべきであり、朝礼の場で行うものではありません。

 

企業理念や行動指針を唱和させて何になる!?

朝礼で無駄な行為の代表格として君臨している「企業理念や行動指針を唱和させる」という行為に対し、あなたはいったいどんな思いをお持ちでしょうか?

 

社長やら役員やらは、企業理念などを唱和させることにより、社員に対して一種の洗脳をかけようとしてきます。しかし、よ~~~く考えて下さいね。

 

一体、企業理念などを唱和したところで何になるんでしょうか?企業理念に沿った行動がとれるようになるのでしょうか?

 

わたしはこれまで数多くの企業の朝礼を見てきましたが、企業理念や組織の方針を唱和させてそのとおり行動できていた企業は一つもありません。

 

唯一、わたしの前職の警察組織のように「そのとおりに行動しないとクビだからね」というような過剰なプレッシャーや恐怖に漬け込んだ方法でのみ、職員が組織の理念を重視するという結果が出ていました。

 

そうではない甘ったるいサラリーマン程度では、企業理念なんかを暗唱させたところで、形だけで行動に移すことはあり得ません。

 

人間、相手を操ろうとしてもそう簡単には行かないものです。そのことに、雇用主も従業員も気づくべきなのです。

 

朝礼で士気が高まると思っているのは雇用主のみ

よく、一風変わった朝礼を行っている会社があります。従業員一人一人が皆の前でその日の個人的な目標などを大声で発表したりする居酒屋さんなんかもあるそうです。

 

そのような「皆が自分から進んで行っている朝礼」であれば、朝礼を行うことで従業員の士気は高まることでしょう。

 

しかし、毎日毎日形骸化された朝礼をイヤイヤ行っていたところで、従業員の士気が高まるはずはありません。

 

朝礼をすれば従業員の士気が高まると思っているのは、ハッキリ言って雇用主(使用者側)のみです。

 

雇用主と従業員(被雇用者)という立場の違いこそあれど、従業員だって雇用主と同じ人間です。決してバカではありません。形骸化されて日常的に無駄に感じている朝礼を行ったところで、仕事に対する士気など高まるはずが無いのです。

 

朝礼の場で従業員を吊るし上げて説教するなどもってのほか

わたしが以前勤めていたブラック企業であったのですが、社長が朝礼で社員を吊るし上げにして説教を垂れ始めるんです。

 

詳しくは↓こちらの記事↓に書いてあります。

このように、特定の社員を朝礼の場で説教したり、社員に対して無理強いをしたりする行為は、朝礼としての役割を一切果たさないのは言うまでもなく、逆に社員・従業員の士気をだだ下げてしまう行為に他なりません。

 

もし、朝礼の場で社長やら役員やらがやたらと吠えるような状況であり、社員を大切にしていないそぶりが見えるようであれば、その企業の行く末などたかが知れていますのでさっさと退社してしまうべきです。そんな会社、絶対に先はありませんから。

 

朝礼を無くし、浮いた時間で職場内の清掃でもした方が会社の印象は圧倒的に良くなる

朝礼が形骸化し、単なる「情報伝達の場」としてしか機能していない状況なのであれば、そんな朝礼はさっさと廃止しましょう。

 

情報伝達が必要なのであれば各部門の責任者だけを集めて行ったり、又は社内ネットワークによってメール配信すれば済むことです。そもそも、情報共有に従業員を集めて行わなければならないというのは、このご時世時代遅れです。人の時間を強制的に奪う会議や朝礼、電話なども全て時代遅れのツールであることにいい加減気付くべきです。

 

朝礼なんていう無駄な行為を行うくらいならば、その時間を職場の清掃に充てた方がよほど効果的です。掃除ばかりは全自動では行きませんからね。

 

わたしの会社の場合、朝礼に一日当たりトータル600分もの時間を費やしていますから、その時間を清掃に充てたならばどれだけ美しい職場になることでしょう。

 

おわりに

朝礼と言うどの会社でも当たり前に行われているこの行為に対し、果たしてNOを突き付けられる人がどれだけ存在するでしょうか?

 

「朝礼は意味が無い行為だ」と、どれだけの人が声を上げられるでしょうか?

 

もし、あなたが当記事を読んで、実際に「ウチの会社の朝礼って無駄なんだよな」と思っているならば、当記事をコピーして社長なり役員なりの机の上に置いてやりましょう。

 

社長なり役員なりは、朝礼をすることで社員が一致団結すると勘違いしている人が多いですから。

 

社員といえど人間です。無駄な行為と無駄でない行為の区別くらいつきます。

 

そして、朝礼が無くなった暁には、その浮いた時間を使って社内の隅々まで掃除をしましょう。もちろん、取引先様やお客様がいらっしゃる場所を中心に掃除しましょう。

 

さすれば、社内はもちろんあなたの心もきれいになることでしょう。

 

さあ、日本中の従業員の皆さん。あなたの会社の無駄な「朝礼」に今すぐ「NO」を付きつけましょう!

 

そして雇用主!自分の会社の朝礼が無駄な行為であるのかどうなのか、いま一度見直し、無駄であれば廃止するなり短縮するなりやり方を変えるなりして、従業員の士気が高まる朝礼への脱却を!

 

何にも案が浮かばないというのであれば、さっさと朝礼など廃止して、社内清掃に充てろ!

 

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